地域連携事業 西国街道 連携事業

西国街道 連携事業

西国街道は、京都の東寺口から西宮に向かう幹線道路で、大阪(大阪市)を経由せずに西国に向かう重要なルートです。

西国街道沿いの10市2町の資料館・博物館が参画し、協同で西国街道マップの作成、配布、テーマ毎の講演会やウォーク、特別展などの開催などを連携して実施しています。

新着情報

西国街道マップ

マップ

京都市

794年(延暦13年)の平安遷都から1869年(明治2年)の明治天皇の東幸までの1075年間に渡り、日本の首都として栄えました。平安時代の国風文化を始めとした日本独特の文化が醸成された古都です。

詳細はこちら

大山崎町

京都と大阪の間に位置し、天王山と淀川に挟まれた狭隘な地形に、阪急、JR、新幹線が走り、西国街道を挟んで、国道171号と名神が通るいわば、日本でも有数の交通の要衝です。 天下分け目の山崎合戦の地・天王山で知られるこの地は、中世の荏胡麻油生産者の信仰を集めた離宮八幡、千利休が創作したといわれる妙喜庵の茶室など、歴史遺産の宝庫です。

詳細はこちら

大阪市

戦国時代、豊臣秀吉は大坂を拠点に天下統一を成し遂げました。大坂本願寺跡に大坂城を築、堀川などを掘り、海運・水運の拠点としました。
江戸時代に入ると、大坂は、流通・経済の中心地として、全国からたくさんの特産物が集まり、またいろいろな品物各地に送り出されるなど「天下の台所」として栄えました。また、町人文化がさかえ、歌舞伎や人形浄瑠璃、文楽などが流行しました。

詳細はこちら

高槻市

大阪平野の北東にあって、京都と大阪の中間に位置し、北は北摂山地に連なる山並みと丘陵、南は山間から流れ出る芥川・桧尾川などによって形成された平野が広がり、 琵琶湖から大阪湾に流れる淀川が市域の南の境になっています。 高槻は、古くから西国街道(山陽道)と淀川の水陸二大交通路の要衝として栄えました。古代には継体天皇の陵墓と考えらえる今城塚古墳をはじめとする数々の陵墓があり、戦国時代に入ると宿場町の芥川や城下町高槻、寺内町の富田など歴史的資源が豊富に残されています。

詳細はこちら

茨木市

淀川北の大阪府北部に位置し、北は京都府亀岡市に、東は高槻市、南は摂津市、西は吹田市・豊能郡豊能町に接しています。北半分は丹波高原の老の坂山地の麓で、南半分には大阪平野の一部をなす三島平野が広がっています。 日本でも有数の古墳群地帯で、古墳時代の初期から末期までの各時代の古墳が現存しています。室町時代の後半には、地域繁栄の基礎となる茨木城が築かれました。また、中世以降、市の中央部を東西に走る西国街道の往来が盛んとなり、江戸時代には参勤交代などに利用され、大名などが宿泊した「椿の本陣(郡山宿本陣)」も残っています。

詳細はこちら

箕面市

大阪府の北摂豊能地域に位置し、明治の森箕面国定公園は爽やかな緑と箕面川のせせらぎに包まれ、夏の期間は、箕面大滝をはじめ、公園の各所をライトアップしており、昼間とはまた違った幻想的な雰囲気を楽しむことができます。日本の滝百選にも選ばれている箕面大滝は落差33メートル。流れ落ちる姿が農具の「箕」に似ていることからこの名で呼ばれるようになりました。 茨木市と箕面市の境に位置する小野原から萱野にかけては、昔ながらの門構えの家や道端にたたずむお地蔵さん、石の道標など、昔の西国街道の面影が色濃く残る地域です。

詳細はこちら

神戸市

明治の開港以降、神戸に移り住んだ外国人が洋館を建てた北野異人館街。19世紀後半の神戸開港当時に、外国の貿易商人たちが暮らした面影が色濃く残る旧居留地。オリエンタルなムードが漂う小さなチャイナタウン・南京町。奈良時代、行基によって開かれ、豊臣秀吉の茶会で有名な有馬など、個性あふれる神戸のまちを訪ねてみませんか。

詳細はこちら