地域連携事業 中世~近世「時代のうねりの中で」編ポイント紹介
中世~近世「時代のうねりの中で」編ポイント紹介
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安土桃山時代
番号なし 東京都千代田区有楽町
有楽町という町名は、織田長益(有楽斎)の号「有楽」に由来し、茶人としても名を馳せた有楽は関ケ原の戦いのあと、徳川方に属し、数寄屋橋御門の周辺に屋敷を拝領し、その屋敷跡が有楽原と呼ばれていたことから、明治時代に「有楽町」と名づけられたとの説がある
所在地 東京都千代田区有楽町 -
安土桃山時代
33.専行院
天正12(1584)年にこの地の土豪・楊本範宣が松庵山専行院を開基。
織田長益の五男・尚長が、1615年、長益から大和国内で1万石を分与され、大和国柳本藩初代藩主となって入部以来、その菩提寺となる。所在地 奈良県天理市柳本町1474 -
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安土桃山時代
32.慶田寺
創建は文明2(1470)年といわれ、織田長益(有楽斎)ゆかりの寺で、境内には戒重藩(後に芝村藩)織田家の歴代藩主の墓がある菩提寺として知られる。
織田長益の四男 長政は、元和元(1615)年、父・長益から大和国内で1万石を分与され、大和国戒重藩初代藩主となる。所在地 奈良県桜井市芝753 -
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奈良~平安時代
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安土桃山時代
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奈良~平安時代
2.史跡 石清水八幡宮境内
男山に鎮座する石清水八幡宮の境内。かつては多くの坊が建ち並び、創建から明治の神仏分離まで、神仏習合の宮寺としての景観を保っていた。現在はその歴史を偲ばせる石垣等の遺構が多く残る。
所在地 京都府八幡市八幡高坊30
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奈良~平安時代
3.浄瑠璃寺 (九体阿弥陀像)
中尊は来迎印を結び、残りは弥陀定印を結ぶ。前者は死者を浄土に導く如来の利益を表し、後者は真言密教の曼荼羅に由来する。現在の浄瑠璃寺の景観整備や中尊を除く阿弥陀像造立を主導した恵信は興福寺一乗院の僧であり、浄瑠璃寺を一乗院の祈願所とした。
所在地 京都府木津川市加茂町西小札場40 -
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奈良~平安時代
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鎌倉時代
5.高倉神社
以仁王を祭神の1柱とし、境内には宮内庁管理の以仁王の墓所がある。
後白河天皇の第2皇子の高倉宮以仁王は、平家討伐を企てるも失敗。追手より逃げる際に流れ矢に当たり落命した。死後、着用していたとされる甲冑は旦椋神社に祀られた。所在地 京都府木津川市山城町綺田神ノ木48 -
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鎌倉時代
6.建仁寺
建仁寺は、建仁2年(1202 年)に、将軍源頼家が
寺域を寄進し、栄西禅師を開山として、宋国
百丈山を模して建立された、京都最古の禅寺
である。開山栄西禅師は、日本における茶の
文化を広めたことで「茶祖」として知られ
ている。所在地 京都府京都市東山区大和大路通四条下る小松町584番地 -