時空の旅 斑鳩-謎の寺・法隆寺の楽しみ方

古代

日本史を旅する③

斑鳩-謎の寺・法隆寺の楽しみ方

 飛鳥時代から奈良時代へ。渡来人たちの活躍や仏教伝来の時代から、中央集権体制、シルクロード文化の時代へと時が流れる。

 奈良をめざしての道すじでは、飛鳥・白鳳・天平の三つの時代の文化を代表する寺院が、時の流れに沿って見えてくる。

真実を見通した仏像たち

 飛鳥から北北西にのびる「太子道」。ここにはかつて聖徳太子が、飛鳥-斑鳩間二十キロを「通勤」した道だとされている。斑鳩の里は、この太子道と河内-大和を結ぶ主要ルート「竜田道」との交点にある。

 世界最古の木造建築・法隆寺に、まずは足を踏み入れよう。国宝の建物十八棟をはじめ、七十余の堂塔が松並木や築地塀と調和し、荘厳なムードを醸し出している。中心は、大講堂・金堂・五重塔のある西院。夢殿・礼堂・舎利殿などがある東院は、もとの斑鳩宮(いかるがのみや)跡で、その隣には中宮寺(ちゅうぐうじ)が清楚なたたずまいを見せている。

 この法隆寺一帯は、日本有数の古代美術の宝庫だ。数々の仏像や玉虫厨子(たまむしのずし)、天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)(中宮寺)などをあわせた国宝、重要文化財が約二千点。なかでも北魏様式の釈迦三尊像、スマートな百済観音、スフィンクス、モナリザと並ぶ世界三大微笑の一つ中宮寺の弥勒菩薩(みろくぼさつ)半跏思惟像など、飛鳥時代の仏像が印象的だ。

 さて、法隆寺の面白さは、これら宝の山を見て歩くことだけではない。例えば趣を変えて、この寺がもつ謎めいた部分に思いをはせてみるのも一興だ。

 古くから、太子信仰ともあわせ、この寺には「七不思議」なるものがあった。「地面に雨だれの穴があかない」「建物にクモの巣がはらない」等々である。また学者たちのあいだでも、この寺の謎をめぐる論争が絶えない。その代表的なものをご紹介しよう。

 ●日本書紀に焼失の記事があるのに、建造や再建の記事がないのはなぜか
 ●中門の中央にはなぜ柱があるのか
 ●三つの伏蔵(ふくぞう)や金堂にある三体の本尊は何を意味するのか
 ●五重塔の柱の礎石穴から発見された火葬骨はだれのものか
 ●中門と講堂の中軸線は、なぜ食い違っているのか
-などである。これらに関して、例えば最近では、梅原猛氏が法隆寺を太子鎮魂の寺だとする説などを発表している。梅原説によると、中門中央の柱は太子の怨霊を封じこめるため、聖霊会(しょうりょうえ)はその怨霊を慰めるためのものだという。

 実際に当地を訪れ、このような諸説を素人なりに推理してみるのも、「歴史街道」の楽しみ方の一つだろう。真実をすべて見通した仏像たちのアルカイックスマイルが、一層神秘的に見えるに違いない。

いつの間にか「奈良時代」へ

 斑鳩から竜田道を東へ、さらには藤原京と平城京を結ぶ下ツ道を北上すると、西の京付近で美しい二本の塔が目に入る。薬師寺である。

 かつて天武天皇が皇后(のちの持統天皇)の健康回復を祈願して建てたこの寺は、律令国家形成時の清新の気を、今もって体現しているように見える。

 白鳳建築の代表といわれ、フェノロサが「凍れる音楽」と称した東塔。その隣りには一九八一年に四百五十三年ぶりに再建された西塔が、きらびやかに共存している。同じく一九七六年再建の金堂内には、白鳳彫刻の代表作といわれる薬師如来像が、日光・月光菩薩とともにおまつりされている。

 この薬師寺は、飛鳥の本薬師寺が平城京造営に伴ってこの地に遷されたものだという。同じ理由で、飛鳥の法興寺(飛鳥寺)や大官大寺が、それぞれ元興寺、大安寺として奈良に遷されてきた。

 さて、薬師寺から北へ数百メートル。同じ西の京にありながら、薬師寺とは対照的なたたずまいを見せるのが唐招提寺だ。歩くうちにいつの間にか、「歴史街道」は奈良時代に入っている。

 唐招提寺には、エネルギッシュな寺社造営も、僧侶の説明に笑う修学旅行生たちの声もない。「天平の甍(いらか)」で名高い金堂や平城宮の東朝集殿を移築した講堂、鑑真和上像を安置する御影堂、正倉院よりも古い二つの校倉(あぜくら)などが、木々の緑や石だたみのなかにしんみりと、しかし堂々と建っている。

 天平の空気、静けさの裏側の厳しい戒律、あるいは今日にまで行き続ける鑑真の意思力のようなものが、感じとれる寺である。

 鑑真の例に限らず、死を覚悟しての旅が必要だったあの時代に、海を渡り、あるいは海に沈んでいった人々がいた。彼らには一体どんな想いや願いがあったのだろうか。三つの寺院にも、彼らが実現した遠い世界との交流が、いくつもの例で示されている。

 法隆寺や唐招提寺のエンタシスの柱。焼失した法隆寺の金堂壁画。「塔」という言葉もサンスクリット語の「ストゥパー」が中国語の「卒塔婆(そとうば)」になって、日本に伝わってきたものだ。薬師寺の薬師如来台座には、ギリシャの葡萄唐草文様・ペルシャの蓮華文様・インドからの力神裸像・中国の四方四神が同時に刻まれている。

 これらは、意を決して航海に乗り出した人々のドラマやシルクロードのロマンを今に伝えてくれている。

 西の京をあとに奈良市内に入ると、下ツ道は平城京・朱雀大通りに姿を変えている。いよいよ奈良の盛時である。

法隆寺
  • 法隆寺・参道
  • 法隆寺・南大門
  • 西里のまちなみ
  • 竜田川
  • 龍田神社
  • 法輪寺とコスモス畑
  • 西ノ京 薬師寺を望む
  • 薬師寺・金堂
  • 薬師寺・玄奘三蔵院伽藍
  • 唐招提寺・金堂
  • 唐招提寺・金堂