時空の旅 宇治 極楽浄土-平安貴族の美の世界

平安~室町時代

日本史を旅する⑤

宇治 極楽浄土-平安貴族の美の世界

奈良から平安へ。八世紀の平城(なら)の空気に別れを告げて北上する。京都への道すじにある、最も平安らしい場所。それは、貴族社会の情景を今にとどめる宇治だろう。

極楽浄土の体現

 宇治と言えば、道長・頼通ゆかりの平等院に宇治川、宇治茶。そして、「源氏物語」の宇治十帖などが頭に浮かぶ。平安時代、風光明媚なこの地には、天皇や貴族がきそって別荘を建てた。

 宇治市街に入り、目の前にピンクの欄干が見えると、それが宇治の玄関にあたる宇治橋だ。その下には、平安時代と変わらぬ宇治川の颯爽たる早瀬が流れている。

 記録によると、この宇治橋は大化改新のころ元興寺の道登が架けた、日本で最初の橋だっという。ここが、古くからの、奈良、京都、近江などへの要地だったということだろう。大化改新と言えば、鎌足や不比等に源流をたどれる藤原氏が、三百年以上の歳月を経たこの地でも、相変わらずの隆盛を誇っているのが面白い。道長の六代前の祖先が冬嗣、その四代前が不比等、そしてその父親が鎌足である。

 グリーンの早瀬を見ながら、橋の中央の「三ノ間」へ。ここからの上流の風景が、宇治の一つの見所だ。流れを二分する二つの浮島。それに架けられた、平安さながらの朱い橋々。背景の山緑に、宇治の流れが映えている。「三ノ間」は、かつての橋姫をまつった祠のあとで、秀吉もここで茶の湯の水を汲ませたという。

 橋を渡ると、左手に、宇治茶の本場らしく、お茶はもちろん、茶飴、茶ようかんなどの店がある。その商店街をつきぬけたところに、平等院がある。

 この平等院。もともとは左大臣・源(みなもとの)融(とおる)が別荘として建てたものが、宇多天皇や道長の手を経て、長男の頼通に伝わったものである。

 1052年、頼通はこの平等院を寺院にかえた。時あたかも道長の死後25年。釈迦滅後2001年、末法第一年のことである。現存する鳳凰堂は、その翌年、定朝による阿弥陀如来像を安置する場所として建てられた。

 当時、末法の世では、釈迦の教えが効力を失う現世を逃れて浄土に到るため、いくつもの堂塔が建てられた。平等院、大原三千院の阿弥陀堂、現存しない道長の法成寺などである。

 もっとも、極楽浄土の体現といわれる平等院も、今ではその堂塔伽藍の多くが消滅している。また、平安時代には、おそらく平等院と宇治川をさえぎる堤などもなく、ここに居ながらにして宇治の流れが見渡せたのだろう。

宇治十帖の舞台を歩く

 平等院をあとに宇治川べりに出ると、宇治橋から眺めた二つの浮島が目の前にある。上流が塔の島、下流が橘島だ。十三重石塔や鵜飼い船の船着き場があるのも、このあたりだ。

 二つの島には、喜撰橋、朝霧橋など、平安期を模した四本の橋が架けられている。このあたりのムードは、平安貴族たちの美意識の世界だ。源融をモデルに、宇治が「源氏物語」宇治十帖の舞台だったことが想い起こされる。現在も、宇治には、この物語にちなんだハイキング・コースなどがセッティングされている。

 さて、「源氏物語」は、イギリスのウィリーらによって、広く海外にも紹介されてきた。バージニア・ウルフらが、それを読んで大ショックを受けたという話も伝えられている。それはおそらく、当時の日本の宮廷文化の優雅さや質の高さへの驚嘆であり、十一世紀のイギリスに、はたしてどんな文学があったのだろうかという驚きだったのだろう。

 当時のかな物語の誕生は、大陸文化の流入から数世紀を経て、日本文化がこれを超えるオリジナリティを発揮し始めたことを物語っている。九世紀末の遣唐使の廃止に前後して、「日本書紀」以来の漢文による正史(六国史)が途絶え、歴史も、これに代わって「栄華物語」のような、かなまじりの物語で綴られるようになった。

建都1200年を迎える京都へ

 宇治から京都市内に入ると、平安時代にちなんだ見所が目白押しである。有名な所だけを、ルートに沿っておさらいしよう。

 まずは、京都駅の南に東寺。正式名称は教王護国寺だ。平安建都2年目に、今はなき西寺とともに、朱雀大路の南端・羅城門をはさんで建てられた。その後、空海によって真言宗の道場となり、毎月二十一日には縁日も開かれている。

 市街地を東まわりにルートをとると、建都直前に建てられたのが清水寺。三年坂、二年坂、八坂神社、祇園と続く。最も「京都らしい」エリアの出発点だ。その先の岡崎には平安神宮、さらにその北には聖護院がある。岡崎公園は明治二十八年の勧業博覧会跡地。平安神宮も同年に「平安建都千百年」を記念して造られたものだ。そこには平安京大内裏の正庁、朝堂院が、八分の五のスケールで再現されている。あれから百年。京都では「建都千二百年」がもう目前だ。

 さらに北上すると、比叡山の山なみが見えてくる。最澄が開いた延暦寺は、この山中にある。法然、栄西、親鸞、日蓮、道元など、後に鎌倉仏教を開く僧たちの修行の場としても、外せないポイントだろう。

 見所を有名な所にしぼらず、例えば「源氏物語」のルーツを、ここ京都でたどるのも一興だ。紫式部が育ち、物語を書いた廬山寺。岩倉の大雲寺は、光源氏がのちの紫の上にめぐりあう「なにかし寺」のモデルとされる。堀川北大路を下れば、そこにはひっそり紫式部の墓も立っている。

平等院鳳凰堂
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