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イベント

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日本美術の独自性と真の日本の美を探求

安土桃山・江戸時代初期

大津・京都

募集内容

実施日
2001年6月6日(水)

レポート

実施日:2001年6月6日(水)

参加人数:85名

日本美術の独自性と真の日本の美を探求するシリーズ企画の第一回。安土桃山から江戸時代初期の、狩野派の障壁画=山楽・光信・探幽と長谷川等伯を大津と京都に訪ねる。
JR京都駅八条口をバス二台に分乗して出発するころから降りはじめた雨が、大津の園城寺に着いた時は、土砂降りであった。
まず勧学院客殿と光浄院客殿に分かれて、住職の丁寧な説明に感謝しながら、非公開の建物、狩野派の障壁画、庭園を心ゆくまで観賞する。部屋一杯に画かれた「花木図」の雄大さと優美な見事さ。新緑の葉群れに白く泡のかたまりの様なモリアオガエルの卵巣の静もりも一体となって、さんざ降る雨の中に一つの世界を形成している。得難い時空であった。
急ぎ足で境内見学の後、再び京都・東山に戻って智積院へ。会館で精進料理の昼食をいただいた後、収蔵庫に保護されている長谷川等伯一門の「桜図」「楓図」を見る。若い僧侶の説明にくつろぎながら観る桃山金碧画の華麗さ。等伯、久蔵父子の心の世界にまで思いを馳せながら、絶筆といわれる墨彩の「松林図屏風」を瞼に浮かべる。雨後の庭園も瞳にやさしく映った。
豊国神社に着いたころには、うすら陽がさしていた。耳塚の説明を読み、今さらのように憎悪が走る。
二条城へは庭園から入り、次に二の丸御殿を見る。ここも四十数年ぶりの見学であった。鶯張りの廊下も武家の守りの御殿である。
私と友人はこの後バスに戻らず、閉園まで本丸跡へ登ってみた。内濠も水をたたえて天守閣のありし日を彷彿とさせ、二の丸御殿だけではつかみ切れなかった城というものが感じられた。夕食は二条高瀬川のがんこ二条苑で。もと角倉了以の別邸跡で、明治の元勲、山県有朋の別荘、無鄰庵ともなったところ。高瀬川の流れを引き込んだ幽邃な庭園であった。

歴史街道倶楽部会員誌「歴史の旅人」より転載