24 伊勢

文:鶴田純也(放送作家)
1996年12月号掲載

 お伊勢さんの内宮には天照大御神がまつられ、外宮にはその食事を司る豊受大御神がまつられている。外宮から内宮へ、というのがお伊勢参りの正式ルートである。
 外宮の豊受大御神は食の神、農業の神であり、広く産業の守り神であるという。そういう広大なご神徳をもたらす神に対して、私は我ながら情無くなるような、子供みたいなわがままなお願いをしてしまう。――どうか、おいしいものがたくさん食べられますように。私は周囲も認める食いしん坊なのである。
 そこで、お参りをすませるとまず向かうのが、伊勢うどんの店。伊勢うどんは、やわらかな太い麺と、少なめにかかった黒っぽい溜まり醤油のツユが特徴で、初めて見る人は延び切ってすっかり汁気のなくなった、かけうどんだと思うかもしれない。しかし、そのぶよぶよとした感触の内にコシがあり、ツユは旨みが濃厚で、しかも後口がさっぱりしている。伊勢うどんと言い出したのは最近のことで、昔から伊勢ではただ「うどん」と言えばこれが出て来たものだという。
 腹ごしらえができたら内宮へ。参道には名物の餅を売る店をはじめ土産物屋が軒をつらねて、一軒一軒のぞきたい誘惑に駆られるが、そういう俗なたのしみはとりあえず後まわしにして(それがまた期待を高める)、内宮の玄関口、宇治橋をめざす。
 宇治橋の手前と、渡り切ったところにある二つの大鳥居は、内宮・外宮の正殿の棟持柱に使われていた木材で作られている。更に二〇年たつと、それぞれ「関の追分」と「七里の渡し」の鳥居になるのだとか。神様はリサイクルの手本をも私たちに示してくれているのである。
 ことしは内宮ご鎮座二〇〇〇年に当たるそうだ。倭姫命は天照大御神の御杖代として各地をめぐり、「この国に居らむと欲う」というお告げを得て、ここに神をまつったという。
 五十鈴川の御手洗場にうずくまって、清流に手を浸し、辺りを眺めると、神がこの地を選ばれたのもなるほどと思われる。
 杉木立の中を正宮に近づくときの気持ちは何と説明したらよいか。胸が高鳴る一方で、ふしぎに心が安らぐのである。西行法師の作と伝える歌に
 
 なにごとの
  おはしますかは知らねども
   忝さに涙こぼるる

 「なにごとのおはしますか」というおののきは、私の場合、こういう感動を持ち合わせせていた自分の心の内に対する驚きでもある。
 正宮の門に垂れる純白の幌から中に入ることは許されないが、それは神と私たちの間を遮っているのではない。わずかな風にもやさしく揺れて、そこに神の存在することを示すサインになっているのだ。
外宮、内宮と参拝し、これでお伊勢まいりを一応果たしたわけだが、伊勢音頭にはこう歌われている。
 お伊勢まいらば朝熊をかけよ
 朝熊かけねば片まいり
 朝熊山は伊勢神宮の鬼門を守る霊山で金剛証寺という古刹がある。山頂まで伊勢志摩スカイラインをクルマで一気にのぼることができる。
 金剛証寺の本堂、摩尼殿は平成の大修理を終えたばかりの、美しい、堂々たるたたずまい。極楽門をくぐり、奥の院へと向かう道の両側には卒塔婆が隙間なく並んでいる。伊勢志摩地方では、死者の魂はこの山にのぼると考えられ、その供養のためにこれを建てるのである。卒塔婆といっても四角い柱状の見上げるような大きなもので、それが他界へと人を導くように林立するさまは異様で、或る種の強いエネルギーさえ感じる。
 その道の終着、奥の院からはるばると眺望がひらけ、天気の良い火には富士山が見えるという。極楽への道は、宇宙への道、そして蘇生への道でもあった。