スタッフのお勧めスポット:高野山の伝承  
飛行三鈷杵(ひぎょうのさんこしょう)と三鈷(さんこ)の松   by A.Kawabata
飛行三鈷杵(伝・弘法大師所持)
 伽藍、御影堂の前にある松の木で、「三鈷の松」と呼ばれています。弘法大師が唐(中国)の国へ渡って、明州(現在は寧波(ねいは:ニンポー)という地名。)の港からの帰国の際、師の恵果(えか:けいか)和尚から贈られた密教法具の一種である「三鈷杵」を東の空に向けて投げました。時に大同元年(806年)でありました。
 投げた理由は「わたしが漏らすことなく受け継いだ密教を広めるのにふさわしい地へ行くように・・」という願いが込められていました。帰国後、その三鈷杵を探し求めていると、弘仁7年(816年)頃、高野山の松の木にかかっているということが分かりました。そうして、高野山の地が真言密教の道場として開かれるようになり、この松を「三鈷の松」と言うようになりました。
 また、通常の松の葉は2本ですが、この松の葉は3本あり、三鈷杵の先(鈷部)が中鈷・脇鈷と三つに分かれていることから、その形とあわせて 「三鈷の松」とも呼ばれています。
 「飛行三鈷杵」は、一時期、高野山から離れたことがあります。平安時代の寛治2年(1088年)に、白河上皇が高野山へ登山されたおり、展覧に供したと同時に、白河上皇に献じ、その後、鳥羽宝蔵に納められていたという記録があります。次に順徳天皇へと譲られ、転々とした後、鎌倉時代の建長5年(1253年)になって、また高野山に帰ってきました。
 以降、高野山では「飛行三鈷杵」を非常に大切にし、現在まで厳重に保管されてきました。通常は封印がされて納められているので、現在も、よほどの機会がない限り見ることが出来ません。
雪の根本大塔と三鈷の松
(右手前、柵内の2本の松)
三鈷の松の葉
 現在も三鈷の松の周囲に落ちた松葉を拾い求める参詣者の姿をよく見ますが、いにしえの平安の貴族たちも、帰路のみやげにした、ということです。
 三鈷の松の松葉は、お守りとして売られています。「三鈷の松」を財布にいれておくと、幸福になれるとか、お金が貯まるとかいわれています。
 皆さんも1度探しに行かれたらいかがですか。なかなか見つかりませんが、雨上がりの時などは結構落ちていますよ。でも、落ちていないからといって、決して枝から直接取らないで下さいね。
金剛杵(こんごうしょう)
 三鈷杵とは密教法具の一種の、金剛杵の1つです。
 金剛杵(梵名 ヴァジュラ )とは、仏の教えが煩悩を滅ぼして菩提心(悟りを求める心)を表す様を、古代インドの短剣状の武器ヴァジュラにたとえて法具としたものです。つまり、あらゆる煩悩を打ち破る心を表します。元々はインドの武器であったものが、法具に転じたものです。「飛行の三鈷」の信仰などがあり、密教では特別に重視される法具です。形状によりさまざまな名前がつけられています。
 「鈷」とはもともと武器であった銛(もり)が変化したもので、悟りを妨げるものを払うという意味があります。
 魔を打ち払う武器であり、これを持てば障難を防ぎ、祈願を成就できると説かれています。
形状
 中央に柄があり、両端には槍状の刃が付いています。
  独鈷杵(どっこしょう)・・・刃が一本のもの。
  三鈷杵(さんこしょう)・・・刃が三本のもの。
  五鈷杵(ごこしょう)・・・刃が五本(中央に1本と周囲に4本)ついたもの。
  五鈷杵は金剛杵の中では最も頻繁に用いられた法具です。
  九鈷杵(きゅうこしょう)・・・中央の刃の周囲に8本の刃を付けたもの。
  宝珠杵 (ほうじゅしょう)・・・柄の上下に刃ではなく如意宝珠を付けたもの。
  宝塔杵 (ほうとうしょう)・・・柄の上下に刃ではなく宝塔を付けたもの。
独鈷杵(どっこしょう) 三鈷杵(さんこしょう) 五鈷杵(ごこしょう)
九鈷杵(きゅうこしょう) 宝珠杵 (ほうじゅしょう)  宝塔杵(ほうとうしょう)
  
一部参照・引用:高野山霊宝館ホームページ
問合せ先 : 高野町世界遺産情報センター
         電話番号 : 0736−56−2468
高野山霊宝館ホームページ : http://www.reihokan.or.jp/
悠誘高野山ホームページ : http://www.koya.org/index2.html
(by A.kawabata)