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大阪・岸和田 だんじりは脈打つ心臓のひびき 96年9月号 大阪府岸和田市 |
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気っ風がいい、といえば、江戸っ子の代名詞みたいだが、なんのなんの、大阪の岸和田っ子のほうが……。 もう、二十数年前になる。夏も過ぎ、稲穂が黄金色になるころ、岸和田の友人宅に招かれたことがある。 着いたのは朝。なんのへんてつもない街にみえたが、夕方、灯のともるころになると、一変した。 街中に大太鼓、小太鼓、鉦の音がひびきわたる。だんじり祭が数日後に迫っていた。表へ出ると人々が駆けるように動き回っている。男も女も、眉がぴっと張って、りりしい顔だちである。 「さ、ガザミをどんと食べて」 大きな皿に蒸したてのカニが山盛りになって出た。目の前の、大阪湾でとれるワタリガニである。ビールによく合う。 祭の興奮は、どうにも筆で再現しようがない。京都の祇園祭の優美、博多の祇園山笠の壮大、どちらもすばらしい。 |
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| が、岸和田のこれはなんだろう。 街全体が巨大な心臓だ。どっきどっきと脈打っている。どっきどっきの律動の中で、やりまわし、が行われる。大きなだんじりが城下町の直覚の道を勢いよく走ってきて、ががーっと角を回る。動く大屋根の上で、選ばれた大工方が飛びあがって踊る。見物するわたしも、どっきどっきの脈に入っていく。ひびく鳴りもの、飛ぶ水、あがる歓声。いつのまにか涙があふれているのに気づいた。 なんで泣けたのか。 生きてるぞ、いま、おれは生きてるんだぞ。そんなことだったかもしれない。こんな祭りはみたことがない。 だんじりの通る家では、前にガザミを山盛りにしてあった。 あれから生でみたことがない。毎年テレビで中継されるようになり、全国銘柄の祭になったが、心臓の動きはじかにつかまないとわからない。 |
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| 「もう祭が待ちどおしくて」ある新聞の取材で、岸和田の駅前通り商店街でファッションの店をもつ女性にインタビューしたことがある。 コシノ・アヤコさんである。そう、娘三人をいずれも世界的なファッションデザイナーに育てあげた有名な方である。ご自分もデザイナーとして活躍中だ。 ちょっと一人で聞くのはもったいないような、新聞の小さな欄にはとても書ききれないようなお話だったが、最後は、だんじり祭のことになった。 女は和服を着て家庭におさまるものとされた時代に、洋服をつくる職業をもつひとだった。いろんなことがあった。ひとりミシンを踏みながら、歯をくいしばって娘たちを育てた。どんなに苦しいときでも祭の太鼓がひびくと元気がでた。だんじりは店の前を通る。その日だけはみんなそろって、だんじりに拍手した。「いまもずっとつづいてるんですよ。ヒロコもジュンコもミチコも、祭りのときは帰ってくるんです」 パリからミラノからロンドンから集まる。店の二階の窓からだんじりの若い人々に声援を送る。 いちど、それ、拝見したいですね、と頼んでみたが、 「いいえ。その日は家族とごく親しい方だけの水入らず」 と断られた。今年はどうなんだろう。世界的な祭りのクライマックスに、国際的なデザイナーに会うことができれば最高だろうに。 気っ風のよさといえば、実は、岸和田や神田に限らない。祭りの中の日本人はどこであれ、みな気っ風がいい。 ああ、ためいきが出る。 この威勢のよさで、一年を通せたら。一生をすごせたら。 |
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