振姫は産褥の高熱に浮かされて、夢を見た。それは、一年前に再婚した和歌山城主・浅野長晟(ながあきら)の嫡子を産んでから、七日してからのことである。
夢の中の人物は、こちらを向いているのは父の家康。肥えたからだを脇息にあずけ、誰かと話をしている。後姿で顔は見えないが、僧形で金襴の法衣をまとっている。天海僧上のようでもある。
「大御所さま。会津の蒲生の仕置、いかがなされます?」
「大坂城の豊臣は根こそぎ潰したが、みちのくの虎・伊達への押えには会津は重要なところじゃからのう。あのまま捨ておくわけにもいくまい」
家康はそう言って、腕組みして目を閉じた。
「御息女振姫さまの夫蒲生秀行どのは、昨年ご他界。そこで嫡男の後見役として、自ら政務をおとりなられたが、家老の岡半兵衛と、ああ衝突ばかりしていては、会津藩に内紛が起きたも同然」
「困ったものじゃ…」
「大御所さま。ではこう遊ばされては…。半兵衛は主人に反逆のかどで切腹。そして、振姫さまは他家へ再縁ということにしては…。まあ、喧嘩両成敗ということに…」
「して、いずこへ?」
「紀州の浅野あたりへ…。浅野は外様の雄藩。振姫さまにお子が生まれて、ゆくゆく紀州の藩主となれば、徳川の血で紀州一国をかすめ取ったことになりまする」
「成程。して、僧上。会津の蒲生の処分は?」
「蒲生の遺児にまつりごとはまかされぬ、としていずれ取り潰して、わが方に。これも徳川の天下のためウフフ…」
低い笑い声を残して二人の幻は消えた。振姫は夢より覚め身震いした。
(なんということ。わらわは父に欺かれていたのか。口惜しい…)
振姫の頬を一条の涙がつたって落ちた。打ち続く高熱に衰弱し切った振姫は、起き上がる気力もなく、襲ってくる悪寒に意識が混濁していった。
1993年7月23日掲載
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