歴史街道を行く  <37> 真木嘉裕  
古代史ゾーン

箸墓古墳  哀れにも悲しい姫の物語

 「ネエーあなた。どうして昼間にお会いできないの。真暗な夜ばかりで…」
 倭迹々日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)は寝屋の中で、夫の大物主神(おおものぬしのかみ)の逞しい胸にあつい頬をそっとつけて、溜息をつきました。先ほどの優しく力強い愛撫に、いまもからだの芯がほてっていました。
 姫の言うのも、もっともなことでした。神は大和の三輪山にお住まいになり、いつも夜になると姫のもとにお通いになって、夜の明けぬ間にお帰りになるのですから。
 「せめて一度でいいから、お姿を見させて下さいましな…」
 「妻よ。それはできぬのだ。朝が訪れぬ間に、山に帰らねばならぬ」
 「あら、悲しいお言葉……。お願いですから、あすの朝までお留まりいただいて、お顔を拝見させて下さいませ」
 姫の涙が神の胸にぽたりと落ちました。女の涙には男は弱いものです。
 「泣くでない。では、あすの朝、汝の櫛ばこのなかにいるとしよう。だが、私の姿を見ても決して驚いてはならないよ」
 一番鶏が時をつくるのを待ちかねて、櫛ばこを開いてみると、そこには何と、衣の紐くらいの美しい小蛇がいるではありませんか。
 「キャー。これは何としたこと……」
 姫は驚いて叫びました。すると蛇は激怒して
 「おのれ。驚かないという約束をよくも破ったな。この恥知らず!」
 いうが早いか、大空を飛んで、三輪山にお帰りになりました。
 姫は悲しみのあまりよろめき倒れ、その拍子に折悪しく箸立てに入れていた箸が陰部を貫き、お亡くなりになりました。人びとは姫の死を哀れみ、大和の大市にほうむって、その墓を箸墓とよびました。
 「日本書紀」の伝える箸墓古墳にまつわる哀れにも悲しい物語でございます。

1991年12月掲載


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