「ああ、大坂城が燃えている……」
千姫は姫路城の化粧櫓から、空を紅に染めて、西の山に沈む夕陽を見つめて呟き、軽い目まいを覚えた。
その夕焼けは、元和元年五月、三日三晩、天空を焦がして落城していった大坂の空のように、茜色に燃えていた。
千姫の瞼に、落城の日のことが、ありありとよみがえってきた。
「姫様を救出せよ、との大御所さまのご命令にて、炎の中をかいくぐって参上。急がれよ」
坂崎出羽守と名乗る屈強な武士におぶさり、火の粉を浴び、黒煙にむせながら、焼け落ちる大坂城より脱出した。
「おお、お千か。よくぞ生きていてくれた…」
茶臼山の本陣で、家康は顔をくしゃくしゃにして、かわいい孫娘の千姫を抱きしめた。
「おじじさま。千が一人助かっても…一人助かっても…嬉しゅうはございませぬ……」
「何と言いやる。お千」
「父上にはたびたび、淀の母上と秀頼さまの助命を嘆願しましたが、『千はわが子とは思わぬ、いさぎよく自害せよ。淀も秀頼も許さぬ』とのおおせ……」
家康は、おろおろして涙を流した。
「むごい。秀忠がさようなことを…。ところでどうかな。お千を助けた坂崎に、そなたをやろうと約束したのじゃが…」
「人形のように扱われるのは、もう沢山。これからは自分に正直に生きまする」
江戸に下る途中、桑名で、本多平八郎忠刻に会った。忠刻はなき秀頼に面影が似ていた。
「この人に嫁ぐ、とわがままを通して姫路城に来たけれど、七歳で輿入れし、十二年もつれそった秀頼さまのことが忘れられない。夫を愛しながらも、秀頼さまを思い続ける…。女の業かしら」
ふと気がつくと、西の空は紫色に変わり、鳥が三羽、二羽、鳴きながら山の方へ飛んでいった。
1992年8月11日掲載
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