京都府 京都市  きぬかけの路推進協議会
大槻 隆彦

きぬかけの路推進協議会…
 きぬかけの路は、衣笠山のふもとに広がる恵まれた自然の中に五つの名刹と堂本印象美術館などの文化施設を有する歴史とロマンの地。衣笠御室の環境保全、美化の促進と地域の活性化を目ざして平成3年に地域住民有志で協議会を発足。路周辺への植樹や毎月の掃除、イベントの開催、接客の講習会などを行い、訪れる方々の心の路となるよう活動を行っています。
                  
 こういうことが出来たら

 もみじ葉も千入ちしおに染めて山姫の
      着重ねたりし衣笠の山               藤原 為忠

 衣笠山の山裾を金閣寺から石庭で有名な龍安寺を経て、御室仁和寺へと続く2.5kmの道を「きぬかけの路」と呼ぶ。
 この愛称は、平成3年に一般公募の中から選ばれ名付けられたものであるが、この“はんなり”していかにも京都らしい愛称は、地元ではもちろん他府県から訪れる観光客のあいだにもガイドブックやTVの情報などを通して今やすっかり定着し大変うれしく思っている。そして、本当によい名前だとおほめいただくと、命名から10年を経た今でも選考者の一人としてよろこびを隠し切れずにいる。
 「きぬかけの路」という愛称の由来は、御室仁和寺の開山、創建者である第50代宇多天皇(867〜931)が、真夏に雪見を思い立ち、衣笠山に白い絹を掛けられたとの古事から衣笠山はきぬかけ山とも呼ばれることによる。
 宇多天皇は、御年21歳で即位され、在位10年で醍醐天皇に譲位し出家して宇多法皇となられた。65歳で崩御されるまでの30数年を御室御所に住まわれたことになる。はたして、お幾つの時に、真夏に雪見をしたいと思い立ち衣笠山に白絹を掛けるというイキでオシャレな発想を抱かれたのかは知る由もないが、宇多法皇から千年後の現在、この古事を今も変わらぬ姿で目の前にある衣笠山において私達の手で再現できればどんなに痛快であろうかと常々思う。
 京の五山の送り火が、赤い炎の絵文字であるのに対し、衣笠山に白絹をかけ渡してライトアップすれば「きぬかけ」の送り火は、白銀に輝く絵文字となり、人々に新たな感動をよぶと思われるが、いかがなものであろうか。